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改めまして②

2008.06.17.23:34

「冬馬の成長記録」です。 かなり長いですよ~

成長 記録   

<冬馬 0歳~1歳>

平成14年 1月 17日の夕方、冬馬は産まれました。 その日を含めた3日間、陣痛促進剤を使い、分娩は吸引分娩でした。

産まれてすぐは産声をあげず、私は何度も「大丈夫ですか?」を連発。看護婦さんが口から細い管を通し、吸引し、暫くして産声を聞きました。

たぶんそれは、数分の出来事だったと思います。

出産後、3時間おきの授乳が当たり前のように、きっちりと起きてミルクを飲み、すぐに寝て、またきっちり3時間後に起きて。。。

とても育てやすい子でした。

寝返りや、お座り、(ハイハイはなかった) 立ち上がり、一人歩きは、早いほうでした。が、人見知りがありませんでした。

離乳食は、作ったものは何でもよく食べました。特に豆類、トマト、魚がすきでした。

立ち上がりをするころから、4ヶ月の頃から何気なく(親が好きなので)かけていた 「セサミストリート」を何時間も飽きずに見るように

なりました。私達親を含め、「この集中力は凄い!」と思うほどでした。

 

<1~2歳>

1歳を過ぎた頃、同じ年齢の子を持つお母さんと、「子育て倶楽部 ぞうのみみ」を開設しました。1歳半を過ぎた子供たちの集まりに、

冬馬は戸惑いの表情を浮かべるときもあり、みんなが盛り上がって遊んでいる中に入ろうとせず、一人でブロックをやったり、絵本をパラパラ見たり、

していました。 後追い(母がその場にいなくなると探したり泣いたりする)がありませんでした。

私は、この頃から「この子は何かが違うんじゃないか?」と思いはじめました。

1歳3ヶ月頃からでしょうか?積み木に興味を持ちました。最初は、横にひたすら並べました。しかもキッチリと綺麗に。

月齢を重ねるごとに、遊び方が変りました。

何回も何回も何回も。。。。縦に積み重ねて遊びました。それは、夜中まで続きました。時には、夜中1時~3時に突然起きてはじめたり。

朝まで寝ない日はたびたび。 このころから睡眠しょうがいが出始めました。

1歳半検診の時に、言葉や行動について、少しだけの注意をはらうように言われました。

 

<2~3歳 >

「こだわり」・「常同行動」・「パニック」が多く出るし、強くなってきました。

小さな石をひたすら道に並べる、ブロックも色別に並べそれを何時間も見つめる、道路脇の小さな穴に石を入れての連続。

初めての場所は特に落ち着かない様子で何回も同じところをくるくる走り回るなど。

 冬馬が2歳5ヶ月の時に、夏猿が産まれました。

私は、このときから(正確には、1歳半頃から)冬馬が自閉症じゃないか?との予想を持っていました。だから、早く、専門家の意見を聞きたく思っていました。

が、私がこの話をしても、誰も信じてくれませんでした。身内も友達も。誰一人として私の疑問に耳を傾けてくれませんでした。

このときが一番、寂しかった。辛かった。早く、冬馬の気持ちに近づきたい、という気持ちが焦り始めました。

そんな気持ちや疑問を最初に解ってくれたのは、旦那ピエールでした。私がピエールに子供のことに関して訴えたのは、夏猿が生まれる前でした。

約1ヶ月後に市内の保健センターのカウンセリングを受けました。 それを機に(実際はいろいろとこの後ありましたが)、K保育園の「一時保育」へ冬馬を

預ける事にしました。   一時保育が2ヶ月弱で終了し、それと入れ違いで夏猿のK保育園入園が決まりました。

冬馬と私は、しょうがい児親子支援施設に週に一度通いながら、ここからの勧めで指定の保育園(現在通っているI保育園)へ週1回の「交流保育」へ

通うことになりました。

4ヶ月待ち(^^;で 「県立子供病院」の診断日が来ました。忘れもしません、H16年10月27日。冬馬は「自閉症」と診断を受けました。

その日の夜から、私はネットで自閉症に関する資料探しや本を読む日々が始まりました。自分の知らないことばかり。

今までの長男がしていた行動の理解が少しずつですが出来るようになりました。    そして、

「自閉症協会」と「手を繋ぐ育成会」の存在をネットで知り、連絡をして育成会事務局長に会える事になりました。(会社で言えば、現在は私の上司です)

この先の道が見えてきたように感じました。

 

<3~4歳>

I 保育園に入園が決まりました。 なかなか生活に慣れなくて毎日帰宅してすぐに家の中でパニック状態になり、自傷が多くなりました。

園ではみんなの様子を観ながら何歩も後に行動に移すような日々。結局この1年間は毎日泣いて通っていました。

冬馬にとったらかなりきつい毎日だったと思います。。

でも、決まりごと(かばんの置く位置など)は必ず毎日出来るようになり、少しずつ担任保育士さんに褒めてもらう回数も増えてきました。

 

<4~5歳>

年中さんに進級し、担任保育士さんが変わりました。過去にも自閉症の子供を担当したことのある先生とベテラン保育士さんの2名です。

新年度初日に私達を迎えてくれたのは「わかりやすいカードを沢山用意をしてくれる保育士さん」でした。 冬馬は2ヶ月経たないうちに笑顔で通える

ようになりました。「バイバイ」と手を振ってくれる日もあります。今はマカトンサインや独自のサインを使ってコミュニケーションがとれるようになりました。

12月頃より意味の伝わる単語が出てきました。これを書いている現在、9個の単語を確認しています。オウム返しもよくします。

それと同時期から自己主張が強くなってきています。1人で出かけてしまったり。。。もあります。

担任先生のおかげで冬馬はとても楽しんで園での生活をしているようです。私自身も先生達と連絡帳のやりとり、毎日の口頭でのやり取りの中で

信頼関係を深めています。 冬馬のちょっとした表現や様子、冬馬との出来事を一緒に喜べる先生がたです。ほんとうにありがたい存在です。

 

<5歳~現在>

年長さんになりました。昨年度お世話になった副担任の先生が、今年度の担任になってくださいました。

冬馬は急成長しています。言葉だけでなく、周りへの理解も以前に比べて出来るようになったし、身辺自立もほぼ出来るようになりました。

私の基準がかなり低いのかもしれませんが、身辺自立の内容は 「着替え・ご飯を食べる・片付け・トイレ」 など、誰かに冬馬を預ける際に困らないように

することです。もっと深く追求して身に付けようとがんばっちゃうと、親も子もまいってしまうのでこの辺で今はいいのかな?って思いがあります。

もうちょっとがんばりたい事は、「うんちがトイレで出来るようになる」こと。何でもあせりは禁物!少しずつやっていこうと思います。

 「とうと(父のこと)、かあか(母のこと)、なつき」と呼んでくれるようになりました。その日をずっと待っていました。はっきり言ってくれたときは、ウルって

きちゃいました。(T〇T)

周りのことの理解が出来るようになってからは、自己主張・自分の中での計画が強くなってきているので、スケジュール提示をこちらからしても

嫌なときは「ぎゃ~!」と言ったり、「ダメ×」とサインをしたり、いきなりどこかへ行ってしまったり、何かしらのわかりやすい表現をしてきます。

これもまた成長の現われかな? 親としては、なかなかそういう風に、その場では割り切れないのですが。でも、以前に比べたら冬馬の思うところが

解りやすくなったように感じていますので、親の気持ちの余裕はついてきているかな??どうだろう!?(^^;

まあ、まだまだ・・・ちょっとした闘いの日々・・・です。(笑)

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theme : 発達障害(自閉症、アスペルガー、LD、ADHD、発達遅滞)
genre : 育児

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プロフィール

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Author:muddy
主人:ピエール42歳
長男:冬馬(とうま)11歳
次男:夏猿(なつき)8歳
管理人:muddy(マディー)
42歳。主婦

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